現代の社会は、信仰を内だけに留める風潮があります。その人が何を信じるのかは自由だけれども、それを外にあらわす事はタブーとされるのです。ですから、宗教の話題はなるべく公の場では避ける傾向があります。しかし、信仰とは内に留めてさえおけば良いものではありません。なぜなら、本当の信仰とは内だけに留められるものではないからです。信仰はその人の生き方に影響を及ぼすものです。何を信じるかによって、その人の価値観が変えられていくからです。つまり、信仰とは何を信じるのかという事を明確にしていく事だと言えるでしょう。偽りの信仰は、この部分が非常に不明確です。何を信じているのか、はっきりとしない、また信じていると告白をしながらも、実際に行動している事がその告白に伴わないのです。それでは本当の信仰とは言えないでしょう。何かを明確に信じるならば、やがて、その人の内に葛藤が必ず生じてきます。その葛藤の中で、その人が神への主権を認める時、やがてその信仰は実を結ぶ事になるのです。
外にあらわしていく信仰
- 韓国料理教室ビビンパを作りました
- 藤代聖書教会のみんなと合同青年会